明けましておめでとうございます。今年もIMSIを宜しくお願いします。
さて、お正月といえば、多くのひとがその年を有意義に過ごそう!と、
抱負を決めたり、何か新しいことを始めたり・・・と、心機一転する時期ですね。
今回は、新春対談と称して飯野先生と冨野先生が、それぞれの「セラピストになる!」と、
心機一転したきっかけを対談形式でお話してもらいました。
現在IMSIの主任講師、講師サロンThe
Instituteのセラピスト、
そして常に新しい自然療法を学ぶ生涯生徒として・・・第一線でご活躍の飯野先生と冨野先生。
癒しのプロへはどのように転身したのでしょうか・・・・???
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飯野先生(以下 飯): |
冨野先生(以下 冨): |
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セラピストになる前はどんなことをしていましたか? |
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飯:
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結婚前は、社会人として、都内の自動車会社で受付をしていました。その後主人の仕事の関係で神戸に移り、普通の主婦として特にお仕事はしていませんでした。写真(左上2番目)、懐かしいです。特に専業主婦時代の写真を改めて見ると、今の自分と比べて、大分変わったかなーと、思います。今のほうが活き活きとして見えませんか?!(笑)あの時は、いわゆる「奥様」という枠にはまりきれない自分がいて、本来の自分らしくなく、いつも気持ちも沈みがちで・・・。このままでいいのだろか?と漠然とした不安を抱えながら、どうしたらいいんだろう?と鬱々としていました。主人や家族、友人にも色々と心配をかけてしまっていましたね。
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冨:
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私も偶然、飯野先生と同じ自動車メーカー出身なのですよ。当時はお互いまったく面識がなかったのですが、ここでこうしているのも何かのご縁ですね。大学卒業してからの5年間、海外営業部で発電機、ポンプ、農業機械などを担当していました。出張も多く、アジア、欧州、南米・・・など、色々な国と地域を飛び回って仕事していました。振り返ってみると、残業も多く、大変な仕事でしたが、あの頃培った知識や経験は、今形を変えつつも確実にプラスになっています。 |
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セラピーとの出会いはいつですか? |
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冨:
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生まれて初めての海外旅行がベトナムだったのですが、当時はまだ直行便がなくて、タイ経由だったんですよ。初めて訪れた国って、印象が強いと思うのですが、私はその旅が色々な意味で自分の原点になりましたね。もう、見るもの、聞くもの、触るもの、食べるもの・・・とにかくすべてが新鮮な驚きで、ある種のショック状態でした。その後しばらくベトナムの魅力にとり付かれて、遊びに、留学に・・・と何度も行きました。おかげで、すっかり経由慣れして、ストップオーバーの時間を有効に・・・と、タイでも色々なところに行ったのですが、ワットポーという寺院で、お坊さんからマッサージが受けられるよーと、タイの地元の人から聞いて、「え、ナニそれ!おもしろそう」と、すぐ飛びつきました(笑)。これが私にとってのマッサージデビューで、今思えば自然療法へ興味を持った最初の一歩だったのかも?ですね。 |
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飯:
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10代の頃、イギリスに短期留学したのですが、そのときお世話になったホストマザーが日常生活に上手にアロマセラピーやハーブを使っている方だったのです。ラベンダーのバスグッズを初めて使ったときの衝撃は、今でも鮮明に覚えています。その記憶が、私をここまで惹きつけてきたのかもしれません。その後、いつだったかははっきりと覚えていませんが、アロマセラピーの勉強を始める前に、初めてアロマセラピートリートメントを受けました。理由は分からないけど、よく眠れるし、リラックスできるし・・・これってすごい!と、単純な驚きがありました。専業主婦時代、自分をなんとかしたくて悩んでいて、「とりあえず、何かお稽古事でも始めようかな?」と色々探したのですが、アロマセラピーにめぐりあえたのは、もう必然だったのかもしれないと今では思います。それと・・・これは色々な占い師や、ヒーラーから言われているのですが、私は前世シスターだった時期が長いようです。更にイギリスにも縁が深いと。セラピー、癒し・・・こういうことに興味があるのも何か関係があるのかな?と感じていますね。 |

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| Q: |
冨野先生はリフレクソロジーが初めて学ぶ自然療法だったそうですが? |
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冨:
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そうなんですよ、私と飯野先生は入り口と、今主任として担当しているセラピーが逆なんです。おもしろいでしょ?(笑)会社員時代に、旅行で訪れた香港で、いわゆる“足ツボマッサージ”をはじめて受けたのですが、施術が終わる頃にはリラックスよりも大興奮!「この技はどこで学べる?どうしたらできるようになる?」と、施術者に質問攻めするくらい、ビビっと来た出会いだったのです。帰国後に、英国式リフレクソロジーの学校を見つけて、説明会にも行かず即申込!会社員として激務をこなしながら、土日に3ヶ月間、せっせと学校に通いました。自宅は神奈川、職場は埼玉、学校は東京。とにかく忙しくて、キツかったのも事実ですが、単なる手技ではなく、解剖生理学や栄養学など、学ぶことがたくさんあって、すごくおもしろかったので、苦にはなりませんでした。70ケーススタディをこなし、結局、勉強開始からディプロマ取得までは一年掛かりました。 |
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Q:
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その後イギリスに留学されてIFPAのディプロマを取得されていますが、そのときのエピソードなど聞かせてください。 |
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冨:
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リフレクソロジーの学校で、授業中や、生徒同士で休憩時間に話しているときに、よく「アロマセラピー」という言葉を耳にするようになったのです。聞けばハーブとボディトリートメントを両方学べるとか。ベトナムで現地の薬草に興味を持った私は、このアロマセラピーというものは絶対に面白い!と、もう本能レベルで琴線に触れたんですよ。ちょうどそのとき、母校の大学の会報誌を何気なくぱらぱらめくり読みしていたら「イギリスでアロマセラピー留学」という記事が目に飛び込んできました。おりしも、社会人5年目を迎えていて、自分と仕事、続けるか辞めるか、自分にとって仕事をする幸福感って何だろう?などなど・・・色々と煮詰まっていたのです。なので、その記事が見事にインスパイアしてくれているようで、「これだ、これがやりたい」と、一気にもやもやが晴れました。そこからは、スピード早かったですね(笑)。記事を書いた本人にメールを出して、学校の名前と連絡先を教えてもらい、会社に辞表を提出。ロンドンの学校に即申込をして、3月末には退社、4月5日はヒースロー空港に居ました。知識も経験もゼロ、でも迷いは一切ありませんでした。イギリスでは、ビザや生活費の関係もあって、留年も追試も最初から選択肢にはなく、先にあるのは一発合格のみ。そのため、毎日朝から晩まで、どっぷりアロマの勉強に漬かっていました。一生の中で一番勉強しましたよー。学校がない日はずっと図書館に居て、分からない単語は辞書で調べながら、新しいページをめくる毎日、とっても充実していましたし、学ぶことが楽しくて仕方ありませんでした。 |
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Q:
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飯野先生は“迷い”の後、神戸でISPA(現IFPA)のディプロマを取得されていますね?そして翌年にはリフレクソロジーも掛け持ち受講されてAoRのディプロマも取得。その頃のお話を聞かせてください。 |
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飯:
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私がアロマセラピー、リフレクソロジーの勉強を始めたころは、まだ自然療法ブーム初期の頃で、今ほど学校の数も多くありませんでした。せっかく学ぶのであれば、本場英国の理論を学びたい、と思っていたところ、ちょうど住んでいた神戸に、当時英国で最大規模を誇っていた協会、ISPAの日本初の認定校(IMSIの前身)ができたので、迷うことなく入学を決めました。今のIMSIの生徒さんと同じように、アロマ養成からはじめて、アロマ専科も終了、途中からリフレクソロジーの勉強も同時進行ではじめました。アロマの勉強を始めてからというもの、毎日が新鮮で、楽しくて、楽しくて。学費をまかなうために、幼児教室で英語の先生も始めていたのですけど、そこでもやりがいや充実感を味わうことができて、相乗効果があったのだと思います。周囲は、そんな私を暖かく見守ってくれましたし、私自身も勉強、アルバイト、家庭・・・それぞれを一生懸命こなしていました。もちろん、経済的にも、体力、時間、すべてに負担が掛かりますので、大変な時期ではありましたよ。けれど、好きなことを思い切りしている幸せがあったから、やれたのだと思っています。アロマ専科を終了してからは、当時の学校では、STUDENT
SALONという、新米セラピストがインターンのような形で、クライアントに実際にセラピーをできる場があり、そこでプロセラピストとしての第一歩を踏み出しました。まだセラピーのはしりの時期でしたが、ニーズが高まってきていたので、勉強したことがすぐ仕事に結びつきやすい環境でしたので、恵まれていたと思います。
リフレクソロジーを同時に学ぼうと思ったのは、自然療法セラピストとして、知識が広がってもっと楽しいのでは?と思ったのと、本場イギリスではアロマとリフレク、両資格の保有者が多いので、将来色々なセラピストと交流していく上でも、必要不可欠かもしれないと早い時期に気づいたからです。私も冨野先生と同じく、勉強が楽しくて、試験も苦じゃなかったです。アロマもリフレクも、一発合格でした。好きなことを追求していると、自然と“一生懸命”になれるのですね。今もそれが続いているような気がします。
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Q:
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「本場英国」と「信頼性のある協会」ということが飯野先生の学校選びのキーワードだったのですね。冨野先生も、やはりこだわって留学を決めてらっしゃいますね?数多く存在する「協会」の中で、なぜアロマセラピーはIFPA、リフレクソロジーはAoRを選ばれたのでしょうか?教えてください。 |
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飯:
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アツく語ってしまってもいいですか?!(笑)ISPA(現IFPA)、AoRともに、当時から英国最大会員数を誇っており、それだけセラピスト達の活動が盛んで、情報も豊富にあることが決め手となりました。会員たちには最新情報を交換し合い、地域グループの中で活動をし、常に学び向上する姿勢が求められます。また、両協会とも、公平に運営されることが貫かれている気がします。会長の意見によって協会色が偏るということは全くなく、会員たちにより作り出されている協会であることに、共感しています。
AoRは、様々な英国リフレクソロジー協会に関して調べ始めた時、何人かの英国人セラピストに聞いたところ、「AoRがおすすめ」「AoRは別格」という答えが返ってきましたし、自分でも調査していくうち、他の協会とは違うなとすぐ感じました。
まず正会員になるための基準が高く設定してあったこと。当時、AoR正会員になるためには学校修了後一年間の実技経験がなければ、メンバーになれなかったのです!!(現在は変更)それと同様、IMSIが海外初の認定校となるまでの道のりも大変厳しかった!私やディレクターを始めとした学校本体、試験の実施方法などへの厳重な審査があり、英国から日本へ視察官を招いたり、逆にディレクターと私が英国へ飛び、インタビューを受けたり。本当に数多くのハードルを越え、幾度も話し合いを持ち、結果3年の月日を費やしました。すんなりと認定校を出さないことも、AoRのレベルの高さを保持するためなのでしょう。レベルの高さという点では、AoRが生徒に課すカリキュラムが何より物語っています。私はすでに他の英国リフレクソロジー協会の会員でしたし、ISPA会員でしたが、両校で学んだことのない項目がAoRでは数多く盛り込まれていました。それが、私の学びたいと思っていた真のホリスティックアプローチ、解剖生理学にきっちりと基づいたリフレクソロジーであり、補完療法に関する幅広い知識だったのです。
さらにはAoRのジャーナル(会員限定定期刊行誌)の充実度です。「がん」「更年期」「不眠症」「多発性硬化症」・・といった題目が取り上げられると、会員達は、その題目のクライアントに対する自分のケーススタディをジャーナルにばんばんと発表します。AoR側も、その症状、疾患に対する協会ガイドラインを載せて、再度確認していきます。こういった活きた情報が余すところなく、自分の知識として蓄えることができるのです。このジャーナルでは、AoR協会とAoR会員がチャリティー活動にも積極的であることがうかがえます。ウガンダ、ベラルーシ、ニカラグア、イスラエル、パレスチナなどの国々への支援、リフレクソロジーと世界平和への活動が同時に行われています。 |
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冨:
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それでは、私も引き続き熱弁を振るってもいいですか??(笑)私が英国に留学した頃は、まだISPA,RQAという協会が合併する前でした。私が通った学校はRQAの認定校で、RQAの会長を努めていたガブリエル・モジェイ氏(写真左)が校長でした。ガブリエル・モジェイ氏は東洋医学の専門家で、東洋医学とアロマセラピーを融合させたオリジナルの理論を展開するなど、非常に独創的な方です。当時RQAは、他のアロマセラピー協会に比べると規模はとても小さかったのですが、アロマセラピー一辺倒にならず、また、洋の東西を問わず、良いものを柔軟に取り入れて、本当に良いセラピーを実践している姿勢に魅力を感じました。ガブリエル・モジェイ氏はRQAがIFPAに統合されてからも役員を務め、カンファレンスでは司会進行役を努めるなど現在もご活躍中です。
他のIFPAの先生方も、アーユルヴェーダなど積極的に取り入れていまね。私がIMSIの代表としてスクールミーティングに参加する時も、会員同士で「それでタイでは今何が注目されているの?」「インドのあのセラピーについてもっと詳しく知りたいのだけど」「日本の事情はどう?」・・・などと、欧米からの参加者達とアジアの自然療法の話しでよく盛り上がります。
AoRの魅力は、飯野先生が余すことなくお話してくださいましたが、私がAoR会員になったきっかけは実はIMSIで講師を始めてからなのです。
日本ではまだ、リフレクソロジーのサロンといえば、「脚が疲れた時のリフレッシュの為」という目的で訪れる人が多いそうです。日本でも、リフレクソロジーが本当のホリスティック・コンプリメンタリー・メディスンとして認知され、人々が健康増進の為に定期的にリフレクソロジーを受けるようになって欲しい。そして、リフレクソロジーをきっかけに、人々がもっと自分の心身の健康に対して関心を持って欲しい・・・と、自然療法に携わるようになってからずっと考えていました。
飯野先生がAoRとの認定校の交渉を進めて下さるようになり、以前から関心のあったAoRの活動やポリシーを更に詳しく知る機会に恵まれ、改めて協会の姿勢に非常に共感を覚えました。そしてAoR
のインスペクターが来日した際に、「私もAoRの資格が欲しい、協会員になりたいです」とお願いして、必要な課題やケーススタディをこなし、晴れてAoRの会員になれたというわけです。
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飯:
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そうそう、有名リフレクソロジスト達の多くがAoR会員だったことも決め手となりました。ISPAも同様に、シャーリー・プライス、クレア・マクスウェル・ハドソンといった、著書でも有名なアロマセラピストによる学校が認定校として名を連ねていたことも信頼できると確信した理由です。更に、冨野先生の出身であるRQAとの合併でIFPAとなり、ガブリエル・モジェイ、ロバート・ティスランド、という、やはり有名セラピストによる認定校とも交流が図れるようになり、協会自体のレベルの高さを保持していると思います。
ISPAは私の学び始めた1998年当時から、CPDコース(プロフェッショナルになってから受講するコース)を3年間の間に36時間以上取得することが課せられていました。正会員を維持するためには、常に新しい情報を仕入れる姿勢を示すことが義務付けられていたのです。ここにやりがいを感じ、協会の姿勢に賛同しました。
IMSIがIFPA、AoRという実力派の素晴らしい協会の認定校となり、日本で初めてコース開講していることを、大変誇りに思っています。
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Q:
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最後に・・・・セラピストになり、今では新しい人材の育成にも積極的なお二人ですが、お二人の“今”そして“これから”についてお聞かせください。 |
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飯:
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2002年から、IMSIではディレクターが変わり、講師も勉強がしやすい体制が整いました。私たち講師にとってはとても有難い環境です。去年までの2年間は、海外に積極的に学びに行き、新たに5つのセラピーや手法を学び、修得してきました。企画を提案した国際コースが開講したことも大きな喜びでした。去年からスタートした日本初上陸のフェイシャルリフレクソロジーディプロマコースや、海外初の認定校承認をいただき、より一層本格的な指導が可能となったAoRのリフレクソロジーディプロマコースを開講することができたのです。日本では前例もなく、初の試み、いわばゼロから事を起こす。そんなチャレンジが多い一年でした。
セラピストになって7年の月日が流れましたが、日々勉強で、沢山の方々に支えていただきながら、充実感を味わい、今日まで来ることができました。大好きなセラピーに携わり、人を癒すお手伝いをして、新しいセラピーの紹介をして皆さんに喜んでいただけて、女性としても、社会人としても成長することができたと思います。
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冨:
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イギリス・アロマセラピー留学から帰国後、沢山の出会いとかけがえのないご縁があり、ひた走ってきた結果、今はまた原点に戻ってきて、再びアジアへ目が向いています。知的好奇心の趣くままに、タイ、バリ、ベトナム、インド、中国などアジアの国々の自然療法、セラピーと出会い、勉強を続けています。セラピスト・講師として活動しながら、常に生徒として謙虚に学ぶ姿勢を持ち続けていきたいと思っています。今、積極的に取り組んでいる事のひとつは、アジアの伝統療法を忠実に再現しながら、スパで行なわれるセラピーメニューとしてお客様に提供できるような形にアレンジする事です。素晴らしいセラピーに出会った時には、早く生徒さんに紹介したくてわくわくします。 |
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飯野先生、冨野先生、色々と楽しいお話をありがとうございました。 |
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