“Integration is Key” 統合が鍵となる
2011年10月29日。英国北東部ニューカッスルで開催されたIFPAカンファレンス。午後の部、最初のスピーカーはアン・カーター女史。
アンは、ピーター・マッカレスと同じクリスティホスピタルNHSトラストでがんケアの補完療法スペシャリスト、補完療法ユニット教育部門の共同リーダーとして活動しています。
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演目は「補完療法におけるアロマセラピー:セラピストの視点」。
冒頭では、
「自分の肩書きを私自身は“がんケアの補完療法スペシャリスト”としている。そういう職業、専門家の立ち位置が地域社会の中に在り、がんに取組む“時”がきたと実際に感じている。なぜなら、がんと生きる多くの患者が、“がんだから”マッサージもアロマセラピーも受けられない。と、言われている現実があるから。」
としたうえで、アロマセラピストとして活動を始めてから20年、そこから今日に至るまでにどういう道をたどってきたかを、この日ここで話したいと続けました。 |
| アン・カーター女史 |
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まずはスライドで「Palliative care =緩和ケア」と「Supportive care = 支持療法」の定義をNICE (National Institute for Health and Clinical Excellence英国国立医療技術評価機構)から2004年に出されたガイドラインから抜粋で紹介。
ご参考:―
■NICE2004による緩和ケアとは
「緩和ケアとは、進行性の病気の患者に対して能動的に行うホリスティックケアである。ゴールは、痛みやその他の症状を管理し、精神心理面、スピリチュアルと社会的なサポートを通じて、患者とその家族にとって最上の生活の質をもたらすことである。」
■NICE2004による支持療法とは
「支持療法とは、患者とその家族が、がんとその治療(発症前診断、回復 / 闘病 / 死と死別への準備)に耐え、付き合っていくための助けである。」 |
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アン自身は91年からアロマセラピーを、がんケアの領域に使い始めたといいます。
この年は英国保険省が、エビデンスがあり、医師が認める療法であれば、その療法家の雇用は保険適用とする、とした「統合医療元年」とも呼べる年です。
「私はそういう意味で”Golden oldies(古き善き黄金時代を知る人)”ね。」
と彼女は冗談交じりに振り返り、自身の初めてのがん患者へのトリートメントについて回顧していきました。
当事は
「がん患者にはセラピストが触れてはいけない。セラピーをするなら、手足頭など、胴体以外の部分のみ」
と言われていたとか。
「でも、黄色い顔色をした人が、(自分の下でトリートメントを受けた後は)ピンク色(血色よく)になって部屋を出て行く。たった30分、ローズオイルを使ってあげただけでこんなに良くなる行為が、がんの人にとって害になるはずがない。」
と考えるようになったと続けます。
さらにスライドでは、この20年間の英国内の支持療法と緩和ケアにおけるアロマセラピーの発展を、略年表で紹介。
1999年にホスピスケアにおける補完療法サービスの調査が始まり、そこから英貴族院科学・工学委員会への報告を経て、2008年には中央政府によるがん対策の仕組みの一部であるNational Cancer Peer Review (NCPR)において、NHS内におけるがんケアのプログラムとして補完療法が評価されたとのこと。
こうした道のりをコツコツと歩んできた結果、現在英国内ではホスピス、病院などの現場でアロマセラピーを導入している、または、統合を強化しているところが増えていると言います。
プロフェッショナルとして求められる現場も増え、かつては看護師など医療従事者へのアロマセラピー教育を望む声が多く、国家資格を持たないセラピストの現場介入が難しいとされていた時期もあったそうです。
しかし実際には、看護師は本業を全うするだけでも人手が足りない現状があり、同時に政府の働きもあって専門家としてセラピストの教育水準の高さも医療従事者が「専門家同士」と認められる域であると周知されたことも加わり、「餅は餅屋」という認識に移り変わっていっているようです。
そうして現場で緩和ケアに携わる中で、
など、プレゼンテーションは会場に臨席しているプロフェッショナル、全員への問いかけがいくつも含まれていました。
協会を支え、業界を牽引していく正会員の手に、活動に、その答え選択、可能性の開拓が委ねられているのですね。
「これからの5年で、医療現場におけるアロマセラピーの役割は、次のアプローチへと進んでいると感じている。5年後に振り返ったとき、今日この場で予言したことが正しかったと言える近未来であってほしいですね」
と言っていました。
“Work outside the box” 型にはまらない発想を
午後の二番手は、日本でも過去に数回、セミナーを開講したペニー・プライス女史。
彼女のご母堂、シャーリー・プライス女史は「プロフェッショナルのためのアロマセラピー」の著者として、ホリスティックセラピストなら誰でも知っているというハイプロフィール。
ご自身もアロマセラピーにおける創傷ケアの第一人者として広く知られています。
彼女が主宰するペニー・プライス・アカデミー(Penny Price Academy, PPA)では、英国レスター大学薬理学部長の協力の下、特定病原菌に対する特定精油の有効性について研究をしているそうです。
このプレゼンテーションの内容を紹介する前に、留意いただきたいことがあります。
それはこれからご紹介する精油の使用方法は、現在日本ではセラピストが行える範囲を超えたものである、ということです。
イントロダクションでペニーは、
「創傷ケアはアロマセラピストにとって“悪化させてしまうのでは”という恐怖心から避けられている領域。しかしながら、たゆまぬ努力を重ね、必要に応じて既成概念の枠を取っ払い、適正なホームケアアドバイスを行えば、アロマセラピーが非常に役立つエリア」
と言いました。
実際に、今回はBefore/afterが一目瞭然である2つの症例を用いて、具体的にどの段階でどの精油を、どう使用してその成果を出したのかを紹介しました。
いわゆる外科的な症例は視覚からインパクト十分。
精油のパワーをありありと確認する、そんな50分でした。
1つ目の症例をここでご紹介します。
右脚切断後にMRSAによる感染症に罹った男性患者、ジムの症例。PPAにてヒストリーを取るに至った概要は以下の通り。
【ジムの症例】
2008年8月に切断手術を受けた後、すぐに傷口の右側にMRSAが診とめられ、同年9月には医師の判断でマゴット療法(注:壊死した皮膚に生きたハエの幼虫(蛆虫)をガーゼとともに固定して行う創傷治療法です。幼虫が腐敗した部分を食べ傷をきれいにするとともに、幼虫の唾液に含まれるたんぱく質が微生物を殺す役目を果たし、傷を無菌化状態にし、患部の回復を早めます。http://medical-today.seesaa.net/article/40497966.html)を選択。10月に三日間の集中治療を行うも、11月下旬にMRSA再感染。抗生物質の投与が始まる。
2009年12月、感染部の上部を再度切断。術後、MRSA再々感染。2010年1月、妻のジャンがPPAに相談の電話をし、ペニーがジムのコンサルテーションを開始。同年2月、感染の勢いが止まらず、医師により3度目の右脚患部切断が言い渡されたが、本人同意せず。ジムの意向と同意により、PPAのアドバンスコース内にて、“モデル”として創傷ケアのケースが公開の元、開始される。
○ 使用精油: コモンタイム(Thymus vulgaris ct thymol)、
ローズウッド(Aniba roseaeodora)
ラベンサラ(Ravansara aromatica)
○トリートメント方法:
下肢、MRSA患部の膝へ直接、ピペットで3種類の精油を10滴ずつ、原液のまま点滴。ラベンダー(Lavandula angustifolia)のハイドロラットに、ジャーマンカモミール(Matricaria recutita)の精油を混ぜたスプレーを使用して、患部の周辺のデリケートになっている皮膚をケア。傷口を非吸収性材料の包帯で覆う。
○経過:
2月6日(最初のトリートメントの翌日)は、傷口がじくじくして、周囲の皮膚が炎症。4日ほど続く。じくじくした液で点滴した精油が流れ出てしまうため、患部に原液を垂らしたあと、固形タイプのココナツバームを塗布。20日ほどで傷口が癒えはじめ、周囲の皮膚も健康な皮膚ができはじめて剥がれ落ちはじめる。4週間目にオレガノ精油をブレンドに加えたところ、劇的な改善がみられはじめる。3月22日、最初の投与から数えて560錠も摂取しつづけた抗生物質が終了。2010年4月、傷が完全に塞がる。
○結果:
2年間も治療(大切除手術を含む)を強いられた感染症が、3ヶ月の精油によるトリートメントで消えた。義足は皮膚を害することなく現在に至る。ホームケアとして、精油を使い続けている。
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写真を交えたプレゼンテーションは、確かに眼を覆いたくなるような生々しいものでしたが、経過をたどるにつれ、キレイに癒えていく様には感動すら覚えました。
ペニーはプレゼンの中で、“クリニカル”にこうした創傷ケアを行っていくうえで、セラピストに常に心がけてほしいことがあるといいました。
クライアントと接し、施した全てをきちんと書いた記録で残すこと。
コンサルテーションには十分な時間を費やすこと。
「聴けないこと」を自分で線引きしない。
「聴きやすいように」する工夫もプロとして身につけること。
取り組み始めたクライアントには、一人ひとりに毎日、電話をかけて様子を聞くこと。
この最後の、クライアントと「Keep in touch=連絡を保つ」ことは特に大事と説きます。
また、プロフェッショナルだからと言って、精油を何十種類も常備する必要はない、とも。
自分がその精油の個性、具体的には化学組成、禁忌、安全な使用法、を熟知している数本があれば十分。熟知するには、その精油をとことん知る努力を重ねること。
実際に使い、その変化を日記にしていったり、特徴を自分なりに分析すること。
「精油はアロマセラピストにとっての商売道具。その使い方を知るのは当然であり、正しく使いながら学ぶことを恐れる必要はない。」
と力強いメッセージを投げかけました。
“it is not a cure” 治療ではない
最後のプレゼンターは、IFPAの認定校理事でウォルヴァーハンプトン大学の専任教員のヴィヴ・ヒンクス女史。大学で補完療法を教える傍ら、ホスピス・アット・ホームというサービスで、その名の通り、在宅ホスピスを行うセラピストとしても活躍されています。
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「トリは、皆さんと内容が重複するところがあるという点がやりにくくもあるけど、逆にこれまでのスピーカーの話や内容の理解を深める役割と思うと、良いポジションですね」
と、おっしゃっていました。
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| ヴィヴ・ヒンクス女史 |
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実は、予定されていた、がんと闘病中のスピーカーの容態が芳しくないということで休場となり、ヴィヴはギリギリのタイミングでピンチヒッターとして急遽登板することになったのです。
そのため、やや内容に準備不足が垣間見られるプレゼントなった印象がありましたが、自身も予めイントロダクションで示唆していたとおり、緩和ケアとアロマセラピーの現状、サポートの行われ方、在宅ホスピスのセラピストとしての心構え、評価の方法、症状のマネージメントや、職責について整理していきました。
セラピストの役割は
「治療ではないが、終末期の患者が愛する家族に囲まれながら迎える最期の日々、痛みを軽減したり、睡眠を改善したり、塞いでしまった気持ちを開く手伝いができる」
と言っていました。
最後に
前回、私自身が参加したIFPAカンファレンスから5年。当時はまだ当校のIFPAディプロマコースで学ぶ生徒でもあり、この業界に身を置かせていただくようになってから月日も浅く、まさに「右も左も分からない」。
会場で飛び交う専門用語が耳に馴染まず、得意と自負しているはずの英語なのに「入ってこない」。会社の名代として臨席している立場にも関わらず、背景知識も業界の常識の搭載も不十分な我が身が不甲斐無く、とにかく何かを掴んで“報告”しなきゃ! と、焦るばかり。とっちらかった状態で帰国・・・そんな記憶が鮮明によみがえります。
今もまだまだ発展途上の身、半人前どころか1/4人前ですが、あの当時より少しは俯瞰で事態を見られるようになり、通訳としても“筋トレ”に励み続けた甲斐あってか、会場で話される内容を「吸収」する土壌ができてきたな・・・、と今回の出張ではポジティブに振り返れる部分もありました。
スクールミーティングと年次総会に出席、スピーカーとの前夜祭にもお招きいただき、ニューカッスルでの2日間で得られた情報や、繋がったご縁は数多。
また、今回は現地で活躍されている日本人のフェローとも交流が始まり、2012年は特に日本と英国を結ぶ色々な橋が、幾つも創り出せそうな機運に満ちていると感じています。
今後も、国際部の活動として英国に赴けない方に代わり、その眼となり、耳として、情報を仕入れ・持ち帰り・共有し、「消化」「代謝」できるように精進したいと思います。
一方、今年11月には初めて! 関西で日本の認定校によるIFPAカンファレンス第二回が開催されます。IFPA協会本部から現会長と認定校の理事が初来日し、その他国内外から広くスピーカーを招致する予定でいます。
IFPAがその名称の一番初めに持ってきた「International」の「I」の字。
発足から10年を迎える今年は、同じ島国で極東に位置するこの日本からも、その国際性の一端を担っているとアピールし、盛り上げていこう! Aromatherapy=芳香療法の有為性、その療法家としての専門性を広く、より多くの方に伝えるために必要な連携を、言葉の壁と社会的背景を越えて、目指していこう! と、自己発信していく意識を国内の認定校同士で高めあい、共に歩みを進めています。
向上心、探究心を促すプラットフォームとして、また、新たな繋がりを紡ぎだしてくれるフィールドとしてのカンファレンス。国内外から正会員が一同に会する一期一会の日となるでしょう。既にプロとして活躍している方も、これからその扉を開こうという方も、そして、この国の補完療法の明日の鍵を握る医療従事者の方にも・・・様々な方にご予定いただけましたら幸いです。
最後になりましたが、今回、同行させていただきましたジャパン・エコール・デ・アロマテラピー校の広報、華房さんには、このコラムの写真もたくさんご協力いただきました。
改めてこの場を借りて御礼を申し上げます。
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